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2006.08.10 最近、
なんだかギャグ漫画の波が来ている、個人的に。
それで前出の通り『メゾン・ド・ペンギン』も買ってしまったのだが。
登場人物にはムカつく奴もいるし、下ネタも多いのだが、何故か気になる漫画。
作中で打ち切り打ち切りと言う割には続いていて、しかもコミックスまで出るというのだから世の中って分からない。

ああいう漫画は(ネタバレにもなるし)感想を云々する類いのものではないと思うので、これ以上はあえて胸に秘めておく。
ただ、ツンデレを通り越したツンエロという新しいジャンルを確立したのはちょっとした偉業かもしれない(笑)。

ついでに最近のJャンプ(伏せ字の意味ない)について。

新連載が連続で始まったりしているが、どうにも微妙な塩梅。
野球漫画の『OVER TIME』は、「スポーツと憑依の組み合わせ」にデジャヴを感じてしまう。
テコンドーではなく野球であることの必然性はともかく、これからの展開に期待。

もう一作の『斬』だが…これは私としては如何ともし難い。
別にあちらもどうもして欲しくないだろうが、言いたいことあるので少し。
先に言い訳しておくなら、私に悪意はないということ。
少々趣味の偏ったいち読者としての率直な感想だということ。

帯刀が一般的になった世界が舞台らしい点は、実際にこの国にもあったことだし異を挟む気はない。
(そもそも作品が成り立たなくなってしまう)
だが、すぐに抜刀する人間ばかりなのはいかがなものか。
それなりの誇りやステータス、あるいは力の誇示を刀に求めるなら、させないほうが説得力があると私は思うだが。
直前の記事で書いたこととも関係してくるが、刀に、抜刀に重みがない。
命に関わる行為を成す、ということに対しての重みと言ってもいいかもしれない。
主人公にはそれなりの覚悟があるように見えても、世界観としての覚悟がない。

それは刀に関する作画にも言える。
これは画力云々の話でなく、刀を描く気があるかどうか。
殺陣のシーンの研究をしていないなんてことはまさかありえないだろうし、迫力や構図あるいは絵そのものはこの先いやでも洗練されるだろう。
だが、刀そのものの作画には疑問を呈さざるをえない。
これは絵の持ち味や技術とは別問題。
刀が大事な位置を占める漫画において、例えばアップになった時に、柄巻き(刀の握る部分に巻かれた紐)が省略されることが許され得るのか。
細かいことを言うようだが、どうも雰囲気からして、構造を理解していないとしか思えない。
つまり、そういう意味で許されるか否か。

一から勉強して全部理解するべきとは言わない(言えない)が、基本を無視するくらいなら新しくデザインするなりして、日本刀に頼るのはやめた方がマシだとは言える。
素人の私にさえ記憶にあるが、柄巻きにも何種類もあって、その中には例えばグリップ力が上がる巻き方というのも存在する。
つまり、その用途にあった巻き方ひとつで個性を表現することさえ可能な訳だ。
刃が研いであるかないかだけで分けるのではなく。

加えて主人公とクラスメイトの女子(ヒロイン?)の討ち合いのシーン。
その女子が鋼鉄の刀を片手で軽々と扱っているのを見て、おいおい!とツッコミを入れたのは私だけではあるまい。
両手になったのは数度の打ち込み時のみ。
そんな女子と討ち合って勝ったと言われても、主人公の怪力が説得力を持つだろうか。

そんな訳で、ざっと流し読みしただけで刀に対する意識の低さが見えてしまい、私はじっくり読む気にならなかった。
勉強不足なのか、どうでもいいと思っているのか、それとも別の原因があるのかは分からないが、少々意識が低いのではないだろうか。
あるいはそんな細かいことにこだわらず、勢いで読ませる気なのだとしたら、それは絵柄に沿うていないと言わざるをえない。

比べるべきではないかもしれないが、例えば『無限の住人』。
作者の沙村先生がどれほど勉強したのか作中から窺い知ることは出来ないが、画面そのものが圧倒的な説得力を持っている。
もし間違いがあったとしても、それが『無限の住人』の世界なのだと納得出来てしまう。

現実をぶち壊して新しい世界を構築するつもりなら、独特な絵柄を生かして、そういう力を持った絵を描いて欲しいと思う。

以上、戦モノ好きの戯言でした。
お粗末!

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